その人に初めて会った時のことを、少年はあまり覚えていなかった。なんとなくその人が少年を覗く顔を覚えていて、なんとなく抱えられている感触を覚えていて。ぼんやりとした記憶の中に、幾度かその人のことが出てくる。
少年は大雪の夜だったことを覚えていた。しかし意識がはっきりとした頃には、陽の光が顔に掛かって薄目をこすった。眠っていたのか。大きなあくびをしながら少年は顔だけ動かして、その周りの光景に知らない場所だという事を理解する。
床も壁も天井も白塗りの木造。厚ガラスの窓から日差しが十分に入り、部屋中を明るく照らしている。少年は固いベッドで薄い絹を掛けられていた。起き上がってみると体は痛むし、声を出そうにも喉はうんと乾いて掠れていた。自分の指先は赤紫になっているし、お腹はぐぅと唸っている。
そこにぼうっと居ると、トントンと足音が聞こえ始めて来た。この部屋のすぐ横にある廊下を誰かが歩いて向かってくるのだ。ドアと中窓は開けっ放しになっているから、少年のいるベッドからは良く見える。少年は急いでベッドに横になり、絹を顔にかけて目だけで廊下を見た。
足音はすぐそこまでやって来て、ついにその姿がドアの傍に現れた。白衣を着た清潔な青年だ。少年は頭まですっぽりと絹をかけて、じっと時が過ぎるのを待った。
青年は少年がいる部屋をしばらく無言で眺めていたが、やがて部屋に入って来て少年のベッドわきに立ち止まった。
「起きてるかい?」
声をかけるが少年は返事をしないし、ぴくりとも動かない。
「おーい君、起きてるんだろ?」
少年はやはり反応しないようなので、青年は鼻をこすりながら考え事をしている。
「患者に容赦はいらん、かぁ。」
ひとりごとの後に大きなため息まで付いて項垂れ、次には何か決心したように「ようし」と意気込んだ。少年がくるまる絹を両手でしっかりと掴み、掛け声を上げる。
「ええい!」
勢いよく絹を剥がし取ったと同時に、少年の方はくるくると回転してベッドに振り落とされた。体を強く打った衝撃で呻いている少年の声と、悪魔のように笑う青年の声が重なって反響する。
つづく
あたまのなかのおはなし
ーー知識が足りない私。あたまの中で想像するのだ。青く見える空の色を、土から芽吹く痛さを。 ブログ、エッセイ、小説 ものかきが大好きです。 ペンネーム:みたらしねこ
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